岸歯科医師

あんた、一、二週間でまた東京ば戻らないかんっちゃろ。よし、それまでになるだけ治してから行かせるけんな。
はい、口を大きく開けて。
東京の、どこば住みようとね。
中野。ああ中野ね。おれも学生時代ば中野に住みよったけんくさ。
ほら、青梅街道んとこに中野警察署があろうが。あすこに一晩世話になったこともあったけんな。
ここ、痛いね?
もう三十年も前の話やけどな、おれは歯科やけんくさ、東京ば六年おったったい。
東京は、金と暇のある奴には楽しか所やけどな。まあ、金も暇もなかったけど、毎日、よう飲みよった。
それで、上京したての一年生の時たい、あん時まだ十九で、ビールも飲んだことなかった。
先輩に連れられて、中央線のガードんとこのさ、飲み屋に連れて行ってもろうた時や。
向こうは、ほら、言葉が通じらんやろうが。地下のな、バーに入って、もちろんそんな店も始めてやったけんくさ、暗くてへんな店やな、と思うて、言ったったい。
なんや、暗か店やな、って。そいで店の奴と大喧嘩になってしまってな。
はい、うがい、ね。
次、レントゲンをぐるーっと撮るけん、あのお姉さんについていきなさい。
歯も全体を診らな、わからんけんな。木を見て森を見ず、虫歯見て歯を診ず。


どれ、あんたは虫歯の多かけん、こげんなっとろうが。
八箇所やもんな。いま治しようのが、これ。今日は薬ば詰めて帰すけん、明日また来なさい。


東京、
しかしあすこは、三、四年もおったら、もうよか。
コンクリート・ジャングル。
東京砂漠やろうが?




ですって。